第2回フォトエッセイコンテスト「わが家のお仏壇物語」
佳作受賞作品
「父と子のお仏壇」
田中栄一
(東京都・男性・56歳)
 十二年前の明け方、私の妻は亡くなった。初秋の雨で肌寒い日だった。私の二人の子と妻に最後の別れをしたことを最近のように憶えている。葬式が終わって私は呆然としていた。だが早急にしなければならないことがあった。妻の遺骨を納める為に墓を作り、仏壇も買わなければならなかった。私は色々と悩んだが、最終的に墓は近くの墓地に決まり、仏壇は小さな黒檀の物を買うことが出来た。漸く墓と仏壇が決まって私は安堵した。これで妻は墓の中で永遠の眠りにつき、仏壇の中では生前の妻に会うことができると思った。
 仏壇の中には妻の位牌と写真を置いている。私は毎日仏壇の中で妻と対話してきた。日常私がやることは、朝に水を替えることだ。そして鐘を二回叩き「行ってくるね」とこれだけである。一瞬、妻のにっこり微笑んだ顔が記憶に現れ消えていく。「妻が家を守っていてくれるんだ」と安心して私は仕事に出かける。そして今日も頑張ろうと思う気持ちになっていく。そんな父を二人の子はどう見ているのだろうか。妻は三十三歳で亡くなってしまったが、子に対する愛情は人一倍もっていた。子育ては短い期間だったが、妻は子に自分の思いを全て伝えることが出来なかったと思う。そして子は母と接する機会が少なかった為に母との思い出が残っていないのが事実かもしれない(子なりに母への思いがあるのだろうか・・・・・・と私は思っていた)。
 我が家の仏壇は六畳の和室に置いてある。其処で私達は寝起きをしている。「お母さんが寂しがるからね」と娘が言った事が発端だった。或る日曜日、私は仏壇の掃除をしていた日頃遣らないことをやっていた。ふと仏壇の小引出しを開けてみたら、娘が書いた妻への感謝の文面が出てきた。幼い字だった。「私のことがんばって産んでくれてありがとう。これからも母さんの分も生きるからね」と書かれていた。短文だが娘なりに母への思いを書いたのだろう。−私は娘の思いは母に伝わっているに違いないと思った。