第1回フォトエッセイコンテスト「わが家のお仏壇物語」
入選外優秀作
彼女の決心」
(福井県・男性・61歳)

澤崎誠

ブランドは夢と一緒に売りたい。イタリア系の衣料販売の業界へと転身した息子。子供には子供の生きる道があると今風な親を気取っていても、息子が三十二になってまだ独り暮らしなのは何とも気掛かりである。
 その息子から「十六、十七、十八日と彼女と一緒に帰るよ」と電話が入ったのは去年の十二月。彼女の来宅は二度目。思わず(今度はいい話がある)と期待を口にするが、妻に「そんなことは、ご縁に任せて置くものよ」とたしなめられる。どうして女は『結婚』についてそんな神の宮人みたいな話をしていられるのか分からない。床柱を背にしたツーショットを前に(もうそろそろ)と急かすのは胸の内だけ。「福井はご飯が美味しい」と彼女は屈託がない。少し早めのいい正月だったと喜ぶべきだが、ご縁のかけらも見えずにあっという間の三日間が過ぎた。
 外孫が幼稚園から帰り、「また、あそうぼうね」とやっと書いた手紙を渡す。女房は自慢の梅干しやラッキョウ漬けを土産用のパックに詰め直す。「ぼつぼつ時間かな」と息子。仏壇の前に座り、祖父母への別れの挨拶を忘れない。今は仏壇が、ばあちゃん、じいちゃんだから、息子がお参りする姿は見慣れているけれども、横で一緒に合掌する彼女の姿は三日前とは随分違い、(これがご縁なのかも知れない)と直感した。心の迷いが吹っ切れているというか、背中が「私は心を決めました」と告げているようにさえ思えた。
(近々、きっといい知らせがある)と確信して二人を見送ったが、「二LDKの部屋に移りたいので保証人になって欲しい」との息子の声を聞いた時は、久しぶりに正夢を見た晴れがましさを味わった。
 また一つ大きな気掛かりが消える日がもうすぐやって来る。我が家の仏壇には“心をつなぐ力”はもちろん“心を決める力”があったのである。