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第9回わが家のお仏壇物語

銀賞「じいじのかつ丼」高田智子(滋賀県・31歳)


七月廿日 鰻重(肝吸い付き)
八月廿日 カレーライス(じゃがいも抜き)
九月廿日 新蕎麦(海老天付き)
十月廿日 鯛茶漬け
十一月廿日 すき焼き(ネギ抜き)
十二月廿日 かつ丼(卵はほぼ生のうちに火を切って)

祖父の月命日には、お仏壇の前に、家族が集い、祖父の好物を食べる。それが、一番の供養になる。

健啖家だった祖父は、晩年までぎらぎらっとしたものが好物であった(じゃがいもとネギは嫌い)。

「あのかつ丼、じいじも食べるの?」

五つになる息子が、お仏壇の前に供えてある丼を指して言う。それは、食べないならもったいないから自分が食べる、という意味。

「じいじは、湯気とにおいだけで十分だって。あとでお下がりを食べていいよ」

息子の顔がぱぁっと輝く。

「じいじはいいな」

「どうして?」

「死んだ人は毎月、、、お祝いしてもらえる。生きてる人は年に一度しか誕生日ないのに」

子どもの発想はおもしろい。座にあかるい笑い声があがる。こういうとき、必要以上にしんみりしないのは、この子のおかげだ。

とくべつ信心深いたちではない私でも、お仏壇に殺生したものを供えるのがほめられたことではないことくらい知っている。菩提寺の和尚さんは、

「故人の好きだったものをお供えしてあげるのが一番です。気は心ですからね」

菩提寺の和尚さんから、たいへん寛大なお答えをいただいた。だから、このかつ丼も和尚さんのお墨付き。

「ご飯も喉を通らないほど悲しい」と言うが、私は少々訝っている。人が死んでも、どんなに悲しくても腹はすく。葬式の後の精進落としをあまり食べない人より、しっかり食べる人に好感を持つ。そういうときこそ、何かおいしい、心に力の付くものを食べなきゃならない。私たちはまだ生きているのだから、そのことを私たちの体に知らせてやらなくてはならない。うしろめたく思う必要はないのだ。

これからも、お仏壇に入った祖父とともに、うまいものをたくさん食べていきたい。

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