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第5回わが家のお仏壇物語

田中佛檀賞「月命日のお供え物」八木 睦美(静岡県・40歳)


定年退職を目前にした五十九歳の時、私の父は肺癌に侵された。定年退職後は、趣味のゴルフや海外旅行などを楽しみたいと、父は目を輝かせて語ってくれた。しかし、その夢は叶うことなく、父は六十歳で天国へと旅立った。

癌が発見されてから亡くなるまでの時間は、たったの十カ月間だった。その十カ月間の入院生活も終焉に近づいたある日、「最後は自宅で家族と一緒に過ごしたい」と父は言った。

父の希望通り、私たち家族は父を囲むようにして、残りの日々を過ごした。もう既に口から食べたり飲んだりすることができなくなってしまっていた父は、点滴で栄養を摂っていた。

そんな父が、振り絞るように声を出して言った。「卵かけご飯が食べたい」と。私は、父のその言葉を聞いた瞬間、幼い時に父から聞いたある話を思い出していた。

父が子どもだった頃、卵はとても高価な物で、病気にかかった時にしか食べさせてもらえなかったそうだ。そこで、どうしても卵を食べたかった父は、病気のふりをして仮病をつかい、卵かけご飯を食べさせてもらったそうだ。遠い昔の思い出を、父は懐かしそうに話してくれた。

私は、父から聞いたその昔話を思い出した。そして、その昔話のように、今の父の癌も、卵を食べるための大仮病であってほしいと願った。そんな思いで見守る中、父は「おいしいよ」と呟くと、一口の卵かけご飯を、何とか飲み込んだ。その翌日の二月十六日。父は静かに息を引き取った。

毎月十六日の父の月命日。私たち家族は、父が人生の最後に食べた、卵かけご飯を仏壇に供えている。「お父さん、たくさん食べてね」そう言って、手を合わせる。すると、美味しそうに頬張る父の顔が、心の中に浮かぶのだ。

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