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第11回わが家のお仏壇物語

銅賞 「亡き夫と語らうとき」 広瀬美恵(滋賀県・88歳)

「ひいばあちゃん、このキュウリとナスはなぁに?」

「それはねぇ、キュウリの馬とナスの牛と言ってね、ひいおじいちゃんが、キュウリの馬に乗って天国から早くお家に帰って来られ、ナスの牛に乗ってゆっくりあの世に戻られるようにっていうお願いが込められているのよ」

五つになるひ孫は、はちきれんばかりのみずみずしいキュウリを手に取ると、しばらく小首をかしげて逡巡した後、馬を何頭もこしらえ始めました。けれど、牛は一頭もいないのです。

「どうして牛は作らないの?」と問いますと、

「ひいおじいちゃんに、ずっとここに居てほしいから」と言うのです。また、馬を何頭もこしらえたのは、「もっと前のご先祖様の分まで」と、鴨居に掲げられた数葉の先祖の遺影を指して申すのです。私はこの言葉を聞いて、ひ孫のいじらしさに、かたく抱きしめたくなりました。

「ねぇお父さん、今の言葉聞きましたか?」私は思わず仏壇の夫に語りかけたものです。すると、写真のなかの夫がほんのわずかに目尻を下げたような気がいたしました。

夫を亡くして一年。私は朝炊きたてのご飯を夫に供えて一緒に頂き、寝る前に一日の報告をして手を合わせ、暑い日は遺影をうちわで扇いで差し上げるのが日課です。ひ孫のキュウリの馬のお陰もあってか、夫が亡くなってからもいまだ連れ添っている心持ちがします。そして、夫は、豊かな沈黙のなかで、生きているときよりもずっと、私の話によく耳を傾けてくれるようになりました。いわば、亡き夫の「不在の豊かさ」と共に暮らしていると言いましょうか。それを「思い出」と呼ぶことも出来るでしょう。

「ねぇお父さん、今日はカレーよ。野菜カレーは精進料理だから、お仏壇に供えてもいいかしら」「ねぇ、お父さん、ユウキ(ひ孫)が保育園で描いた絵ですって。見えますか?」

私は今日もお仏壇の夫に向かって語らうのです。

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