専門紙「月刊宗教工芸新聞」が提供する
仏壇と仏壇店情報
第12回わが家のお仏壇物語
「高田さんって、毎朝出がけに、お仏壇に手を合わせてくるでしょう?」
職場で席を並べる同僚女性から、ある日、ふいにそう聞かれた。
「そうだよ。でも、どうして分かったの?」
僕は、驚いて尋ね返した。
「朝、高田さんが職場に入って来られると、お線香というか、白檀のような香がふんわりあたりを包むんです。だから高田さん、お仏壇にお参りされてくるのかなって」
「匂い、気になる?」
僕はあわてて問うた。
「いえ、何だか落ち着く香です。小さい頃、おばあちゃんの家でかいだような、懐かしい香」
僕は、同僚女性を、その日以来、急速に意識するようになった。ささやかな香から、僕の毎朝の行動を推察できるような、心の細やかさに惹かれたのだ。
僕には、二つ離れた妹がいた。妹は、お雛様を、両手の指で数えられる程にしか、飾ることが出来なかった。あれから二十年以上経つが、僕は妹に替わり、桃の節句には必ず雛人形を出すことに決めている。妹がよく見えるよう、仏間に、お仏壇と並べて飾る。お雛様が隣に並ぶと、お仏壇の妹の遺影が、心なしかニッコリ笑っている気がする。僕は、美味しそうな菓子があれば、必ずお仏壇の妹の前に先にお供えする。妹が生きている時は、いつも菓子の奪い合いで、兄の自分が先に取ってしまって悪かったよ、と語りかけてみる。そして、妹に供えたお下がりを頂く時は、必ず一言「これ、もらうよ」と声をかける。すると、遺影の妹がかすかにうなずくような気がするのだ。
例の同僚女性は、僕の婚約者となった。彼女が僕の家に挨拶に来た日、ごく自然に、しかも真っ先に、お仏壇に手を合わせてくれたことが、僕はうれしかった。僕の両親も、「感心なお嬢さんね」と彼女を褒めた。この人となら、ずっと上手くやっていけると僕は確信した。
考えてみれば、お仏壇の妹が、僕と妻の仲を結んでくれたのだ。なぜなら、妻が、僕のお線香の香りに気づいたことがきっかけで、生まれた縁なのだから。