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第12回わが家のお仏壇物語

佳作「書斎のお仏壇」 土屋恵理(三重県・45歳)

14年前、57歳で逝った父は、無類の読書好きだった。脳裏に浮かぶ父はいつも書斎におり、机に何冊もの本を積み上げていた。何冊もの本を、同時進行で読むほどの多読家だったのだ。そんな父について、私が18歳の時、書き記した小文がある。

「――小学校に上がる前から、父にずっと聞かされてきた話がある。
『人間の頭の中にはね、数えきれないほどたくさんの引き出しがあるんだ。その引き出しにどんどんいろんなことをしまっていかなきゃいけない。どこに何があるのか、自分でわかるように整理して覚えていくんだよ。これから1日に百個は新しいことをしまっていきなさい』
それで低学年のころの私は、何かを知っては1個、2個と数える毎日を送った。だけどいくら数えても1日に10個程度で、到底百には届かなかったから、自分の引き出しはいつまで経ってもスカスカなのではと幼いながらに心配だった。父は今でも、お酒が入るとこの話をすることがある――」

この文で「今」と語られる父の年齢を逆算すると、45歳だった。その父が他界し、会うこと叶わぬ人となった現在、このような文を残した自分自身に感謝したい。だって今の私は新しいことを知っても、もう数えていないから。私が18歳の時にお酒が入ってこの話をしている父の姿は、もう記憶にないから。

さて、私は少し前に45歳の誕生日を迎えた。あの頃の父の齢に達したことになる。帰省した折、仏壇に父の好きなお酒を供え、神妙に手を合わせた。母が選んだ父の仏壇は、濃いチョコレート色。書斎に設置されたそれは、さまざまな書籍が詰まったままの父の本棚と同じ色合いである。好きなものに囲まれて、きっと今も落ち着く空間だと思う。

そして私は、父から伝えられた引き出しの話を、愛娘たちに語り継いでいる。私たちが、読書の楽しみを知っているのは、父のおかげだ。ふと気付くと、私の後ろで、娘たちもチョコレート色の仏壇に合掌していた。

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