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第12回わが家のお仏壇物語

田中佛檀賞 「父の願い」 小松崎凛(東京都・34歳)

「今日も頼むな」
仏壇の前で手を合わす父。20年前母がスキルス胃がんで亡くなってから、父はこうして毎朝母に祈りを捧げている。
母が亡くなった時、一番戸惑ったのは父だった。何せ私は受験生で、弟は喘息で入退院を繰り返していた。父は塾の送り迎えをする傍ら、看病も仕事もした。受験の日も、手術の日も、やはり仏壇に手を合わせていた。
「頼んだぞ」
普段は寡黙な父も、仏壇の前では口を開く。こうしていつも私達のことを案じていた。そんな姿に私は父の深い愛情を感じ取った。
五年前、はじめて婚約者を父に紹介した時のことだ。数日前から私は落ち着かなかった。なぜなら彼はガーナ人だからだ。色黒のがっしりした骨格を見たら父は腰を抜かすかもしれない。ガーナに嫁ぐなんて言ったら顔を真っ赤にして反対するかもしれない。そんなことを考えたら不安で眠れなかった。そして当日、彼を見るなり父は言葉を失った。
「ハジメマシテ。ヨロシクオネガイシマス」
父は「日本人じゃないのか」と耳打ちした。その後日本語が話せない彼に代わって、私が父に説明をした。結婚後はしばらくガーナで暮らすこと。ガーナは決して治安がいいとは言えないこと。二年後まで日本には戻らないこと。それを父はうんともすんとも言わず、ただ聞くばかりだった。だけど最後に「わかった」とだけ言って彼を帰した。
その帰り際、 たまたま彼が居間にある母の仏壇を見つけ、何か思い出したかのようにかけよった。正座をし、手を合わせると、遺影に向かって「ヨロシクオネガイシマス」と一礼した。文化も宗教も違う彼。その姿は嬉しくもあり、頼もしくもあり、母が生きてたらと思うと、少し切なくなった。
彼を見送ったあと「ガーナ、か」と言いながら、父が仏壇の前に座った。しばらく遺影を見つめ、深いため息をついたあとだった。
「頼んだぞ」
その言葉は母でなく、おそらく彼に向けられていた。言葉の強さからそう感じた。

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