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第13回わが家のお仏壇物語

銅賞「ずっと、家族」 見沢由実(埼玉県・21歳)

 

私は筋肉が固まってしまう病気を持っている。そのため六歳で歩けなくなり、十五歳で寝たきりになった。現在は噛む力もなく、食事はペースト。今は親指だけが何とか動く。この病気は一般的に二十歳前後で亡くなるケースが多い。最後は自分で呼吸ができなくなり、生きるか死ぬかの選択を迫られる。親より先にあの世に行くのは避けられない。

そんなわが家の仏壇はいつも季節のフルーツや花が供えられ、とにかく華やかだ。それを見たら天国も悪くなさそうに思える。
だけどどういうわけか最近無性に死ぬのが怖い。天国に行けば手足の自由が戻り、この病気の苦しみからも解放されるのに。多分自分は「忘れられてしまうこと」が怖いのだ。

先月のこと。介護の手間を考えて、私の部屋が一階になった。まさに仏壇とは目と鼻の先の距離。だけどそんな仏壇に母は何度もやって来た。

「お父さん、ほら見て。お隣さんからミカンもらったわよ。今年のは出来がいいんだって」

「お父さん。私ね、高血圧なんだって。困ったわ。運動しなくちゃね」

「お父さん。聞いてよ。さっきね……」

とにかく母のおしゃべりは止まらない。だけど仏壇に話しかける母を見て思った。仏様になっても、私たちはずっと家族であり、大切な心の支えなんだって。

それからというもの自然と恐怖心は消え、感謝の気持ちが芽生えた。人工呼吸器をつけ始めた今、正直いつ死ぬかは時間の問題。でも怖くはない。死んだってこうして母が仏前で笑ってくれたら私も笑える。「ちきしょう。仏壇は狭いなあ」なんて言いながら、それでも最後には「ありがとう」と言えるような気がする。

だから今は残された時間を懸命に生きたい。難病でも、残りわずかの命でも、今は静かにその生を肯定したいと思う。

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