専門紙「月刊宗教工芸新聞」が提供する
仏壇と仏壇店情報
第17回わが家のお仏壇物語
「ご実家は、どちらですか?」
私は、そう聞かれるのが苦手です。たとえ初対面の方との、何の気なしの会話でも。
私の実家は、四年前に母が他界したときに、なくなりました。もともと母子家庭で、母と二人で賃貸暮らし。娘の私が結婚して家庭を持ってからは、母は一人暮らしを謳歌していましたが、突然の脳出血で亡くなりました。
いつでも帰れる実家が、なくなる。
それが、こんなにつらいことだとは、知りませんでした。「おかあさん」ともう呼べなくなることが、こんなに寂しいことだとは、知りませんでした。
優しい夫と子どもたちと暮らす温かい家庭があっても、やっぱり、母の待っている実家は特別だったのです。
母の葬儀からしばらくして、小さなお仏壇をお迎えしました。リビングの一角に据えられた、そのお仏壇。母と飼っていた猫たちの写真も並べ、毎日お花やビールを供えましたが、家族の手前、気恥ずかしくて、静かにお線香を立てることしかできませんでした。
ある晩、夫も子どもも寝静まり、珍しくひとりになれる夜がありました。仏壇で、ぼんやり母の遺影をながめていると、勝手に、くちびるが震えだしました。
「おかあさん、」と。
それから堰を切ったように、何度、何度、母を呼び続けたことでしょう。
以来、ひとりの夜を見つける度に、母の仏壇に話しかけています。久しぶりに実家に帰ると、大好きな母へのおしゃべりが止まらなかった、あのころのように。
実家はたしかに、もうない。けれど、「おかあさん」と呼びかけられるお仏壇が、我が家にはある。
少しだけ、「子ども」に帰れる場所があるから、涙をぬぐって、私は今日も生きていくのだと思います。